今は亡き兄のような親友とまたいつかその時がきたら

 

九月はお彼岸の月。夏至あたりで最も強くなった太陽の力もここで正中となります。

お彼岸は日本の信仰において最も古い時代から営まれているものです。

彼岸(ひがん)は、向こう岸、此岸(しがん)は日本。この世は娑婆世界と言われるように、苦しみ耐え忍ぶ生活を送る世界。娑婆はサハーという原語の音を拾った言葉、訳すと「忍土」です。

最も古い信仰は、水平観念です。海の彼方に楽土がある。苦しみの無い自由で安穏な世界がある。それが彼岸です。

それは具体的に海の彼方から超人(神)がやって来たわけです。今でいうハワイ・イースター島・ニュージーランドなどポリネシアンだったことが最近の研究で明らかになっています。日本からすると東南の方角、巽ですね。

いくら日本人が海に船で漕ぎ出しても、いけなかった。今では何でも無いことで、日本海溝による黒潮という大きく強い潮流があるためです。でもそれは潮と天候と暦を見極める技術があるかないか、つまり情報技術の問題です。知ってるか知らないかが真相です。

 

今でもハワイへ行けば楽園ということは誰もが実感する。

私は若い頃、ボルネオ島の北東の海にポツンと浮かぶ小さな島へ行ったことがあります。肉眼では他の島は一切見えません。深海から鉛筆のように隆起した島だそうで、沢山の大小様々な魚が島のそばで生活しています。海に潜ればまさに浦島太郎が行った竜宮城、楽園でした。

浜で時折海を眺めながら読書をしてますと、ある時突然小舟に乗った少年二人が海からやって来ました。

その島のコックさんに魚を売りに来たのです。エンジンも付いていない手漕ぎの小舟でどこにも他の島など見えない海からやって来た少年。あの時の感触はまさに神様のお使いのように神々しく思えました。屈託のない笑顔、健康的な顔に透き通った目と真っ白な歯の少年が新鮮な魚をもたらしてくれる。まさに彼岸からやって来たエンジェルです。

その晩には赤身の刺身が出ました。醤油とワサビもあります。友人と二人鉄火丼にして食べてますと、他の滞在者が横を通るたびに「何だそれは?」とあらゆる言語で聞いて来ます。

「ジャパニーズフード スシ テッカドン」と教え、その切望の眼差しに負け、何杯も鉄火丼を二人で作り、とても悦んでもらいました。

誰も何も文句の付け所がない楽園。以来私はどんなに辛い便りがあっても、同じこの地球上にあの青い空と海、満天の星、寄せては返す波、多種多様な魚が共存する、穢れのない楽園が確かにある。地球はあのように美しいのだという確固たる確信と、それは住む自分たち次第だという確信を深く魂に刻みました。

あの時です、自分の楽しみはこの人間社会がもう少し美しくなるまでお預けにして、役割を果たそうと心に決めたのは。そしてお釈迦様・日蓮聖人・七面様が望まれる忍土即楽土の為の自分の役割が果たせた時、またあの島へ行こうと、以来約二十数年そろそろ始まる兆しが見え始めています。

R仁・蜂・丗 宝光寺潮叡

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