インサイドアウト 1

ある業界紙からの依頼を受けて書いた原稿が検閲で三つの話題の繋がりがわかりにくという理由で書き換え要請がきた原稿、ここにお蔵入りが脇から出てきたというよくある心理現象インサイドアウトします。ほんと繋がりわからん。そうかな?などいろんなアンラーニングにご活用ください。

 

揺らぐ木草、流るる水は仏様

今年初めから始まった騒動、原因へ遡ってみれば、貧困格差に辿り着きます。風が吹けば桶屋が儲かるような話ですが、確かにそうなのです。世界最古の文学作品といわれる「ギルガメッシュ」の物語に基盤を置く現代社会では、自然界を忌み嫌うものと捉え、人間が退治または整備しなければならないものという前提があります。一方日本的社会基盤は「もののけ姫」や「風の谷のナウシカ」です。自然界そのものが報恩の対象であり、人間が自由に出来ないもの。すべての宗教自体、日本的でしたが、約三六〇年ほど前から動向は変わり、世界に広がりました。

ウイルスも元は自然界の奥にいて、人がじかに接する事はありませんでした。日本でいう猪や鹿や熊の獣害のように住処を脅かされ、人間社会に新たな住処を求めて来ました。

宮沢賢治さんが「世界がぜんたい幸福になれなければ、個人の幸福はありえない」と叫んだ事、深く実感された方々も少なくないでしょう。

この騒動は一方で、グローバル資本と南北貧困格差と環境破壊温暖化の問題解決の緒を与えています。世界の大気や水が劇的に綺麗になっている。個々の取り組みの総和は大きい、日蓮大聖人がご指南された世直しの法を実感いたします。

 

転我邪心の心得

日蓮大聖人は「正しい教えは神や人を養う良薬となる、しかし、良薬の名前だけ用いて、儲けを増やそうと水で薄めてかさ増ししたり、別な成分を加えれば毒薬になるように、せっかく久遠の釈尊が、良き薬草を調合して良薬を処方されるように真実を説かれたのに、それを毒薬のようにしてしまった、それによって養われた神々は守護する力を失うどころか、邪神となってしまった」と説明されています。

皆さんは、毎月倶生神さまのお守りを拝受し、身に着けて日々の安穏を得ておられます。その倶生神さまも諸天善神と同様に皆様がお唱えになる法華経によって養われています。

疫病と疫神と私の関係です。

 

抜苦の信仰

人は死して後、五七日忌には閻魔様のところへ行きます。そのそばには倶生神さまもおられます。その時どんな報告が出来るか?そんな意識で今を生きるというのが信仰です。

辛うございました。足がすくみ泣けてくるほど怖いことがありました。それでもお釈迦様日蓮聖人様の教えを離さず、信仰にあきらめず、此経難事を覚悟してお題目を口ずさみ、お自我偈を繰り返しお唱えし、すべてのものから仏様を彫り出す工夫をして一生を生き抜きました。そう胸を張って堂々と申し上げる。閻魔様も憐みつつも誉めてくださる。そして、あの不幸も、苦悩も、「ああよくやった」と、微笑をもって思い返し、自分で自分を褒め称えながら、ゆっくり休める時がくる。倶生神さまは大きくうなづかれることでしょう。そう確信して生きる。そうなるかどうか確かめようがないなどという理性的疫病はもうやめて、「心から世界は生まれる」という法華経の大真理に自分をなげうって今を生きる。この確信において堪忍できる。そんな美しい心が今こそ必要なのであろうとつくづく思うのです。

信仰はどんな絶望の淵にも咲く花を見つける目を与えてくださいます。どんな苦々しい毒の中からも薬を嗅ぎ分ける鼻を与えてくださいます。

この騒動の最中、母を亡くし死後の道を、教えを手掛かりに共に歩んだゆえの気づきを、ご紹介致しました。ありがとうございました。

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