仏教とコロナ

 

いま現在コロナウイルスが世界を騒がせております。

これは、これまでの伝統的には疫癘(えきれい)と呼んできました。いわゆる疫病(伝染病)です。
人類にとって初めての伝染病は天然痘ですが、日本では仏教帰依をもってこの難を逃れました。その象徴が大銅像仏、東大寺の大仏様であります。この銅像というところにも深い意味があり、こういった社会問題を解決に導く智慧が託されています。

当時国を治めていた聖武天皇は仏教を国教とすることで疱瘡(天然痘)の大難収束を願いました。国家鎮護と国難回避は、まず各地に国分寺創建することに始まり、その総本寺のようにして東大寺が建立されます。

東大寺の大仏様が完全に完成しました七六二年。この年を暦に基づき今の時代に符号させますと七時代前の二年後と、時代の流れの同じ時のことです。

この草案は、法華経と華厳経にある仏の知見をもって、この世界のカラクリを見たその目線に基づいてシステマティックに最上の社会形成を試みるものとして取り組まれました。

そういった理想郷は遥か昔に明らかでしたが、その大事業への動機付けが天然痘の流行だったのです。人情の切なさといいますか、人間のサガといいますか、苦悩に会う、病によって身を正す人間の性質、これを有難いと呼んだのでしょう。

仏教の中にはこうした社会の安寧に常に対応し続けて、仏様の目線でそれを見て解決策を実行していくアンガジュマンなる目的がお釈迦様の初めからありました。

霊性的な面では、天上の神様にも反社会勢力的神様がいることを認識していて(これはキリスト教にもあります)、人間の邪心や愚かさを食物としている。そして道に外れているにも関わらずうまく行く、豊かになるということをもたらします。一方、そういった反社会勢力的神の取締役としての神様がいらっしゃって、そういった神が引き起こす悪さを退治する役目を担っています。天然痘に始まる伝染病を「疫病(えきびょう)」と呼んできましたが、これはまさに自分に与えられているお役目を放棄する心の病からきています。
他のために自分には何ができるかというような菩薩級の志で常に生きている方には無縁のことなのでしょう。

神仏習合の縁起を持つお寺では、古来よりこれらの邪神を取締る神様に特別な祈祷法楽を修してきました。
当宝光寺は、大垣城下の鬼門鎮護の寺としての役目を担い、明治の廃仏毀釈や神仏分離、神社統合などの影響を奇しくも逃れて、今に伝統的な祈りを残しているお寺ゆえか、その疫病退散の守護神を今もなお山内にお祀りしております。

昼間お堂へは自由にお参りいただけます。あえてどこに祀ってあるかは内緒です。でもその神のみ前に立てば必ずそれがわかります。
こんなご時世です、楽しく守護神探しと日本の伝統的疫病予防のお寺詣りにお勤めください。

ただし、神聖なる場所です。仲間で集まってというのではなく、ご自分お一人の志として厳かにお参りください。堂内は私語を慎む処でもあります。

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中