はじめまして

大垣市三塚町 宝光寺です。氏神さまと湧水から始まり、鬼門ラインを守るお寺となり今に至ります。

そんなこのお寺の縁起に随って色々話していきたいと思います。

よろしくお願いします。

ココロトカラダノアイダ

1月27日(月) 午後2時〜5時 於宝光寺本堂

毎月27日開催の「ほとけみち」

供養と祈願 過去と未来を今に結ぶ、永遠のいのちとなるちぎりです。

2時よりほうろく灸 本当のこころを醒ましましょう。

珈琲とお寺ご飯と仏教のお話です。
今回はこころとからだのあいだのお話

お越しくださる方は、前もってご一報ください。
3500円のご志納にて。

 

朝粥と坐禅と華賁と

2月1日(土) 早朝5時半〜7時 於宝光寺本堂

昨年12月から始めました「妙想粥」を開きます。

朝の5時〜7時の間に食するお粥は特に身心を癒すというのは、宝光寺に鎮座する七面天龍女の縁起にある通りです。※詳しくは当ブログ「宝光寺ゆかりのお粥の話」をご覧ください。

朝早く、まだまだ寒い朝ですが、ぜひ、からだとこころの調えにお越しください。

お越しの方は前日までにご一報を下さい。

朝粥と華賁(珈琲)と、坐禅で始まる朝は、格別な一日となります。

1500円のご志納にて

 

法喜禅悦堂

今日は12月4日です。
今仏教界では大事な時期。

お釈迦様が大いなる悟りを開かれたのが12月8日だからです。
お釈迦様は苦行から我が身を解かれ、スジャーターから乳のような粥を捧げられます。
そして七日の禅定三昧を経てお悟りを開かれました。

ちょうど今、その禅定三昧の真っ最中です。

宝光寺では今日、早朝5時から朝粥を頂き、禅定修行を致しました。
とても厳かな時間でした。

もう一度今年は12月7日の早朝5時〜 朝粥と禅定の修行を致します。
ご関心のある方ご一報お便りください。
どなたでもご参加いただけます。

宝光寺ゆかりのお粥の話

お釈迦様が苦行を終えてちょうど12月の1日頃、尼連禅河のほとりでスジャータという若い女性からお粥の施しを受けます。この出来事は仏伝においてもポイントとなるお話です。

そしてその後12月8日の早朝、大いなるお悟りを開かれました。これを「成道(じょうどう)」と呼んでいます。

このとき、お釈迦様の大いなるお悟りはこの世界全体に広がり、世界が同時に救われたという教えです。(それはなぜかはまたの機会にいたします)

この後の仏教の歴史にあるお粥と修行の関係からは、粥を施された事、それを受けて食された事と成道という、粥と坐禅とお悟りが一つの流れの中にある事がわかります。

それから千年以上が過ぎ国も変わって中国で玄奘三蔵和尚のエピソードにお粥が登場します。日本から海を渡った高僧「道昭和尚」のお話です。道昭和尚は玄奘三蔵からお経典とその解説書、そしてご仏舎利に加えて不思議なお鍋(正確には鐺)を賜ります。

玄奘三蔵いわく、吾西域より自らもち来たりしなり。ものを煮るに病を養はむに、神験あらずという事なかりき、と。
実際、道昭和尚は多く病める人をこの鍋て煮たお粥で救っています。

道昭和尚日本へ帰る航海の途中、潮が止まり風も止まり大海原で立ち往生しました。聖のいうことには、海龍神の娑伽羅龍王がその鍋を所望しているというので、鍋をこの龍王に差し上げると、無事に日本へ帰国できたと言います。

さらに時代が下って天文年間(1540年頃)現在の山梨県の身延山に「日傳聖人」なる行者がありました。身延山の西方にある七面山山中にて陀羅尼の行を七日修したとき、七面天女がお出ましになり手に一つの鐺(なべ)を持っていた、行を終えた早朝気がつけば自分の膝の上にこの鐺があった。
この鐺に水を入れると甘くなり、粥を煮ると減らない、十分に六根に潤いを得た。

というお話です。

このお釈迦様がいただいたスジャーターの粥

玄奘三蔵がインドより持ち帰った粥鍋

それを道昭が賜って日本へ持ち帰ろうとしたが、

娑伽羅龍王に差し上げた。

娑伽羅龍王の娘、法華経に出てくる8歳の龍女には姉がおり、

日本では豊玉姫と呼ぶ、同一神かどうかは定かではないが、

七面天女(龍女)が日傳なる行者に娑伽羅龍王のところに渡った粥鍋を授けたという長い長い粥鍋のお話です。

 

 

 

身心の大掃除

12月27日(金)正午から12時半までに参集して、

10月の会の時にプチ体験をして頂いた方は感触がお有りと思います。
グランディング(大地としっかりと繋がり、生命力を取り込みやすい状態)力を高める体のケアとしての二人禅、身体のこわばりをほどき、心のこわばりをほどいて私から自由になるレッスンを、少し時間をかけて行う時間を皆さまと共有したいと思います。

年末身心大掃除です。

いつもの通りに、ほうろく灸、報恩と祈願も行いながら、この二人禅(グランディングレッスン)の時間をたっぷりととってお寺でゆったり過ごしましょう。

なるべく動きやすい服装でお越しください。(お着替えの場所もあります)

五千五百円のご志納にて。

お越しになった方から、粥を食し体を休めて、ほうろく灸・祈願・報恩。
13時半前後から、二人禅を始め、しっかりとほどいていきます。
終了は17時を目指します

粥とほうろく灸などは参加自由です。

皆様のお越しをお待ちしております。会場広さの都合で、10名ほどが限界です。
なるべくお早めに参加の旨お伝えください。

明想粥を始めます。

明想粥とは聞き慣れない言葉ですね。

「みょうそうかゆ」と読みます。
朝粥を頂き、心ゆくまで座禅瞑想に浸り、良き朝の始まりとする朝活です。
明想は本来、「明るい相」と書きます。
そのいわれは仏教の起こり、お釈迦様がお悟りになった時まで遡ります。

お釈迦様は苦行をおやめになり、尼連禅河のほとりでスジャータという娘さんに粥を施されました。悟りを開かれたのが12月8日の事とされ、お粥を頂かれた七日の後とされます。
インドと日本で気候も暦も違いますが、間も無くその頃になります。

明相とは、朝の時間帯のことで、諸説ありますが、目安として「卯の刻」と記されていますから、午前5時から7時の頃とわかります。
午前3時から5時は龍が気を吐く時とされ、この時間に水を汲む、また沐水をすると潔斎となります。。

お釈迦様が苦行を終えお悟りをひらかれるその間に食した粥にも大切な意味があったことがわかります。

道元禅師も「粥の十徳」を説きお勧めになっています。
荒行堂ではその伝統の通り朝の5時から粥を食します。

この伝統はお釈迦様、スジャータから玄奘三蔵へ、そして日本の僧侶である道昭へ、道昭から娑伽羅龍王→娘の龍女へ、そして天正年間に七面天女から日伝なる高僧へと、不思議な物語を受け継がれて今に伝わっています。
(また後ほど不思議な粥鍋の話をご紹介します)

図らずも、うちのお寺は七面天女を祀るためのお寺として江戸時代に復興しました。

当山ご守護の女神、七面天女は、地母神であり、穀霊蘇生(穀物の命を蘇らせる)の女神であり、日本神話の豊玉姫、西洋のグレインマリアに通じる、龍女神です。

このインド伝来の仏教と日本の信仰が受け継いだ生活習慣「明相粥」を大垣宝光寺にて広く護ってゆきます。ご支援のほどよろしくお願い申しあげます。

スジャータの粥を頂かれて約七日禅定の末「成道(おさとり)」を開かれました。
これにちなみ、
12月4日(水)12月7日(土)にはじめての明想粥の法筵を開きます。

早朝4時50分〜6時の間にお越しください。
当山内に涌く浄水を寅ノ刻に汲み、粥を炊きます。
その朝粥を食し、自由に心ゆくまで座禅瞑想の時間を過ごし、
佳き一日の始まりと致しましょう。

千円のご志納をお納め下さい。

 

11月27日 13時半より

 

13時半〜 ほうろく灸加持

14時〜  報恩と祈願(クルタとプラニダーナ)

14時半〜 明想粥の お話とレッスン

そのほか、お寺ごはんと珈琲と田口玉子とほっこり時間を過ごしましょう。

ご志納 3500円 にて

☆前もってご来山の旨、お知らせください。

 

10月の会では、身体の無自覚なこわばりを体験しました。
大地の生命力をよりよく吸収することはこのこわばりとの闘いでもあります。
繋がることより合うこと、一人二人ではなく、大勢で息を合わせ、心を合わせる処に創出する豊かさがあります。

また、仏教と儒教が育ててきた坐禅と共通するところでもあります。
今回はその坐禅を体験しましょう。
そして宝光寺と深いご縁のある不思議なお粥のお話をいたします。

今年はご先祖との結びつきが大事な年、そしてこれからの十二年結縁の年。
報恩供養と心中所願のお祈りをいたしましょう。

思いの外、こわばりのとけ方がスムーズなみなさんでした。
気学実践のおかげ?それともほうろく灸?
ほうろく灸は肉体とのつながりの深い心を活性化します。
心身変容して新しい年への準備といたしましょう。

今回は田口酵素で育った玉子をご用意します。

12月は、八白年のからだの大掃除、こわばりほどきのレッスンを致します。
10月に来て頂いた方はチョット体験してもらいましたが、
もう少しちゃんとほどくレッスンです。
また改めて早めにご案内申し上げます。

伝わるからだの探求⑤解説2

本文
ハンチントンの「文明の衝突」は、ほぼ宗教によるとのアナウンスでした。一方、日本では大本教の万教帰一「文明と宗教の調和ある融合」が謳われてきています。ハンチントンのいう「文明の断層線(フォルトライン)」もすでに地図上に明確に引けない状況に至っています。

調和の道を取るか、あくまでも衝突し勝ち取っていくか、この二択しかないという認識、果たしてそうなのでしょうか?このロジックには落とし穴がありそうです。

読み解き
サミュエル・ハンチントンはアメリカの国際政治学者、コロンビア大学の「戦争と平和」研究所の副所長を務めた方。
1993年アメリカの外交問題評議会が発行する『フォーリン・アフェアーズ』誌に「文明の衝突」を発表しました。これをきっかけに文明に対する議論が世界的に盛り上がったこと、そしてその内容が大雑把で、イメージや風潮のみが先行してしまったことから見ても、すでに相当近代文明社会への危機が深刻化していたことがわかります。

以来、四半世紀を超えましたが、この近代社会というものに対する明確な危機意識をもって、改善に取り組む人は現在日本にどのくらいあるのでしょう?

この「文明の衝突」の内容も含め、近代文明の特徴である、デリケートさ、繊細な感性、論理的な綿密さ、豊かな想像力、寛容なる精神、他者に対する思い入れの深さ、人類愛などの欠落はどこから生じてしまっているのか?

前文のスクラムユニゾンプロジェクトを宗教間に置き換えることに違和感を抱く方があれば、近代思想の内容と及ぼした影響、そして自分の思考法との関係性をいち早く検討してみることをお勧めしたいと思います。

それは、これまでとこれから、今年までと来年からでは、こういった人類において共有するべき思想体系にいよいよ変化が生じるからです。

もうお気づきの方々でいっぱいな話題ですが、白か黒か、善か悪か、やるかやらないか、ある1点の差において合否を決定する。これが近代思想の現実ですが、そういう規則だからしょうがないとの諦めはあっても、これからもずっとそれで何の問題もないと思われる方は、ほぼいらっしゃらないでしょう。

国境線にしても同じことですし、政治思想にしても同じことが言えます。

そういった意味で、ハンチントンの整理の仕方は我々日本人からすれば、ちょっと大雑把すぎるし、承諾しかねるという印象を強く抱くところが多いと私も思いますし、私が考えのお手本とさせて頂いている鎌田東二先生もこのことについて明確に指摘をされています。

ステレオタイプ、実際に現場の状況など全く知らないでいて、なんとなく飛び交う情報の中だけで判断を下し、それが現実に大きく影響してしまうという危険性を示唆する一つの書物でもあります。

ここで近代思想を超えて思考法を考えていかねばならないことは、
調和か対立かという二項対立ではなく、調和からも対立からも好ましい関係性を生み出せるという認識を共有していくことであります。

善とは通常悪を否定するものです。そのこと自体には問題はありません。そのあと問題が起きてくるのです。
お釈迦様が悟られた善はこの善ではないというところに、仏教の深さが現れています。

(つづく)

伝わるからだ⑤ 解説

本文は冊子掲載文字数や時間厳守の制約に合わせて纏めた内容になってます。
だいぶ端折って纏めてあります。
そこを、一つ一つ詳しい意図を加えてお話します。

冒頭の、
今年はラグビーw杯が日本で大いに盛り上がっています。ラグビー精神にはそもそも敵味方の概念がないようですが、日本のスクラムユニゾンプロジェクト(対戦国の国歌を一緒に歌う)が世界中から好感を得ています。この発想には仏教徒らしさが忍び込んでいます。これを教団が見いだすことは可能なのでしょうか?。
という部分。

本当に心から素晴らしいプロジェクトだと感心しました。
そして、自分の役割である宗教に置き換えてみた時、宗教者における大事なテーマだと気付きました。宗教者にとって大事なことは、(本尊)尊崇対象に対する帰依の深さ、それは教えによって確認ができる。それを通して「自分は御本尊から信じてもらえる自分である」という確信に至ることです。

本尊と教えと自分の関係性です。

ここには一般にいう主義思想のようなものから生まれる人の振る舞いの様々なることに共通することでもあります。自分の崇拝するご本尊様に対して深く帰依することと、自分の御本尊様以外に対する態度をどうするかということです。
あまり考える余地もなく通常は「自分の崇拝対象に対する忠実さが深ければ深いほど、他の同じような崇拝対象となっている存在との関係性を希薄にする、もしくは断絶する」という行動が正しいとする認識です。

しかし、忠実と帰依は違います。

ここに洋の東西の宗教を考える上での大きなポイントがあります。
仏教では尊崇対象に対する態度は自分の意志に委ねられています。
そして御本尊(お釈迦様・宇宙の大霊佛)と自分との間は非対称性がありません。
ですから、教えは御本尊から自分に命ぜられたものではなく、互いに主体的に受け容れるもの同士という姿があります。

崇拝対象とし、帰依する、そして崇め奉る、これは全て信仰者が主体的にそうありたいと望んで取り組む行為であって、そうれ相当な価値のある存在だからとか、そうしないとお叱りを受けるとか、相手次第での態度ではありません。
立派な存在だから崇めるのではなく、崇めるから立派な存在となる。

天皇陛下に対する印象もそうです。

また、寛容なる行為とその人に宿る智慧の深さが一致するとみます。
これはあくまでも教えに妥協せず、教えとか自分が所属する教団における信条を保留にせず、しっかりと信仰的でありながら、それでいて他者(異教徒・世俗者)に対して寛容であることこそ、自分が崇拝するご本尊様に信頼される理想的信仰者であることは間違いありません。
どの宗教においても、御本尊様は自らそうされ、同朋の信仰者にそう望まれています。

だから、スクラムユニゾンプロジェクトという対戦相手国の国歌を悦んで歌う、共に歌いたいという志は仏教的であり宗教的であるということを話題にし、これらの信仰者の取るべき態度について触れてみました。

昨年、ドイツにてアジア教区諸宗教対話の総責任をバチカンからお預かりになっている、インドのマチャド大司教様とお会いし諸宗教対話のご教授賜ったおり大司教様は次のように述べられました。
「我々が崇拝する神は、信徒のみならず、信徒ではない人たち、異教徒も無宗教者にも分け隔てなく救いを齎されるとお話になっています。これがバチカンの正式なアナウンスです」と。

これが私が伝わるからだの探求⑤の冒頭において、スクラムユニゾンプロジェクトを話題にた意図です。

(つづく)

伝わるからだの探求 その⑤ 無縁思考

 

先週10月25日大雨の中、都内にて開催された日蓮宗教化学研究発表大会にて、私が発表した内容を掲載します。来春には冊子になりますが、刻一刻と変わる社会であるため、一読いただければ幸せです。

伝わるからだの探求 その⑤       無縁思考           釋潮叡

今年はラグビーw杯が日本で大いに盛り上がっています。ラグビー精神にはそもそも敵味方の概念がないようですが、日本のスクラムユニゾンプロジェクト(対戦国の国歌を一緒に歌う)が世界中から好感を得ています。この発想には仏教徒らしさが忍び込んでいます。これを教団が見いだすことは可能なのでしょうか?。

ハンチントンの「文明の衝突」は、ほぼ宗教によるとのアナウンスでした。一方、日本では大本教の万教帰一「文明と宗教の調和ある融合」が謳われてきています。ハンチントンのいう「文明の断層線(フォルトライン)」もすでに地図上に明確に引けない状況に至っています。

調和の道を取るか、あくまでも衝突し勝ち取っていくか、この二択しかないという認識、果たしてそうなのでしょうか?このロジックには落とし穴がありそうです。

近代は個の独立最終期だったと云えます。これまで自然の流れと乖離した独立による問題に多く苦しみました。だからと言って個性の排除もまた大きな失敗を生んでいます。独立したままで元の流れへ反る。これが今後の人類共通のテーマなのでしょう。「私の自由」から「私からの自由」へのアップデートです。

長者窮子の喩または放蕩息子の帰還などは、迷子を通して現代を予言した気づきのメタファー。世界中に似た神話的物語が沢山あります。現代は近代性によって彷徨う窮子の物語です。

グランディングすることで、心も一時「meOS」から少し離れ、身体のほどけ謬見などの脱落による、判断を加えないという念いが広がり「weOS」へとバージョンアップされる。これまででもこれからでもない「ただいま」を受け取ることはdoingからbeing、遠心力から求心力へ、古事記にもある「自ら」から「自ずから」へ、「成そうとする」から「在ろうとする」への転換、これまでの「meOS」による意識的身体的習慣を忘れることにより六入が解け、かつての優しさに包まれた世界が再び訪れる(探求②)。このお釈迦様が啓かれた道にいよいよ人類が強い関心を抱き始めています。

八正道の大河に戻っていく物語の、無明との別れの場面に「無縁思考」を意図し、対話というコミュニケーション、宗教対話実践を提案された状況としました。

広い心で受け容れやさしさの中で対話する法華経の包容力、経王たる本来の役割を三宝のうちに果たすのは我々による諸宗教対話の実践と心得ます。対話=ダイアログ=ディアロゴス、ディア=深める、対話とは「真理探求を深め共に歩む」となります。

昨年は伝道部国際課主催のスタディーツアーに参加致しました。平成十五年、ハワイの街頭法要、ドイツ大聖恩寺諸宗教対話、翌年の全日青ドイツツアー(探求①)以来足掛け十五年、異なる宗教、異なる思想に遭遇することは、未知のウィルスに感染するような印象を持たれますが、現実は全く想像とは異なります。

「人類の理想を実現するためには民族的、国家的、イデオロギー的或いは宗教的自我を超越した高い次元と理念による自己革新が必要であり、そのために先ず各宗教が確執を去るべきである」

これは昭和四十年の世界連邦協会(湯川秀樹会長)世界大会における身延山法主藤井日静聖人の提案であり、すぐさま採択され、初めて宗教委員会設置が実現しました。

四十四年の身延山を会場とした第一回世界連邦平和促進宗教者大会では諸宗教の代表二千人が一堂に会し、諸宗教対話が実現したことは、単に特質した宗教大家だったからなのでしょうか?。これは、想像を絶する大革新と謳われた、「排他的姿勢を止め、諸宗教の存在を認め積極的対話に勤める」ことを世界に宣言した、カトリック教会「第2バチカン公会議」の四年後のことです。さらに翌年には「諸宗教が、従来の排他独善的なあり方を深く反省し、寛容の精神に基づく積極的な出会いを推進する」ことを目的とした世界宗教者平和会議が設立。私はこれらを諸経典における法華経の役割に関係すると捉え、法華経との対話の深まりによって目覚める活動であろうと捉えました。

今やイスラム教が主導する宗教対話センター(KAICIID)が存在します。諸宗教対話部門が設置されていない教団運営のコンプライアンス、CSRについて考慮する必要が出てまいりました。

「自分のエゴイズムを捨て相手を信じ仰ぐ信仰」という諸宗教対話理念。これは現在宗門が展開する合掌礼・但行礼拝の教えに一致すると考えます。

(つづく)