はじめまして

大垣市三塚町 宝光寺です。氏神さまと湧水から始まり、鬼門ラインを守るお寺となり今に至ります。

そんなこのお寺の縁起に随って色々話していきたいと思います。

よろしくお願いします。

木魚1 

 

人生最大のイベントはいつ来るのでしょう。
仏教では出逢ったらおしまい
とよく聞きます。

出逢うということに大きな意味があり
大きなトランスフォームそのものがあるのです。

あまりそういうことを気にしないで生きている人の方が多数ですが、
「常に自分の側に選択肢が与えられている」
そう思って疑いもしないということがあり
そもそもその人にとっては当たり前すぎて
そういうこと自体考えてみたこともない人がいます。

崇高なる精神とか霊格の高い存在とか
スピリチュアルと最近は言われるもの
この世界は求める求めざるその人の意思に関係なく
影響を受け恩恵を受けています。

でも選択肢、選択権について考えてみたこともないと
ほとんどこれらの見えない恩恵は
降る雨のようにその人に注がれながらも
一滴も潤されないという毎日がすぎていきます。

すごく専門的にこの分野の中心にいても、
まったく同じ状況の人も沢山います。

全ては選択肢についての認識の誤りです。

論理的にやりとりしているうちは
かなりの素養があると見込んでいても
少し具体的に踏み込んで共有してみると
まったく見当違いだったということはしょっちゅうです。

自分の側に選択肢はある。
縁というものは自分が結ぶもので元々は切れている。
そう思い込んで価値判断を構築している人は
人を振り回すから責任ある立場にその人がいたら
その組織集団は大変です。

でも
わかったからといって、どうにもならない のがこの分野の難しさ

かくゆう私にも選択肢はないのですから。

あらかじめ見分ける自分の知見の精度の高さを磨く他なく、
ああまだ精度が低いと反省する他なく、
気づいた時に距離を置くほかありません。

今は亡き兄のような親友とまたいつかその時がきたら

 

九月はお彼岸の月。夏至あたりで最も強くなった太陽の力もここで正中となります。

お彼岸は日本の信仰において最も古い時代から営まれているものです。

彼岸(ひがん)は、向こう岸、此岸(しがん)は日本。この世は娑婆世界と言われるように、苦しみ耐え忍ぶ生活を送る世界。娑婆はサハーという原語の音を拾った言葉、訳すと「忍土」です。

最も古い信仰は、水平観念です。海の彼方に楽土がある。苦しみの無い自由で安穏な世界がある。それが彼岸です。

それは具体的に海の彼方から超人(神)がやって来たわけです。今でいうハワイ・イースター島・ニュージーランドなどポリネシアンだったことが最近の研究で明らかになっています。日本からすると東南の方角、巽ですね。

いくら日本人が海に船で漕ぎ出しても、いけなかった。今では何でも無いことで、日本海溝による黒潮という大きく強い潮流があるためです。でもそれは潮と天候と暦を見極める技術があるかないか、つまり情報技術の問題です。知ってるか知らないかが真相です。

 

今でもハワイへ行けば楽園ということは誰もが実感する。

私は若い頃、ボルネオ島の北東の海にポツンと浮かぶ小さな島へ行ったことがあります。肉眼では他の島は一切見えません。深海から鉛筆のように隆起した島だそうで、沢山の大小様々な魚が島のそばで生活しています。海に潜ればまさに浦島太郎が行った竜宮城、楽園でした。

浜で時折海を眺めながら読書をしてますと、ある時突然小舟に乗った少年二人が海からやって来ました。

その島のコックさんに魚を売りに来たのです。エンジンも付いていない手漕ぎの小舟でどこにも他の島など見えない海からやって来た少年。あの時の感触はまさに神様のお使いのように神々しく思えました。屈託のない笑顔、健康的な顔に透き通った目と真っ白な歯の少年が新鮮な魚をもたらしてくれる。まさに彼岸からやって来たエンジェルです。

その晩には赤身の刺身が出ました。醤油とワサビもあります。友人と二人鉄火丼にして食べてますと、他の滞在者が横を通るたびに「何だそれは?」とあらゆる言語で聞いて来ます。

「ジャパニーズフード スシ テッカドン」と教え、その切望の眼差しに負け、何杯も鉄火丼を二人で作り、とても悦んでもらいました。

誰も何も文句の付け所がない楽園。以来私はどんなに辛い便りがあっても、同じこの地球上にあの青い空と海、満天の星、寄せては返す波、多種多様な魚が共存する、穢れのない楽園が確かにある。地球はあのように美しいのだという確固たる確信と、それは住む自分たち次第だという確信を深く魂に刻みました。

あの時です、自分の楽しみはこの人間社会がもう少し美しくなるまでお預けにして、役割を果たそうと心に決めたのは。そしてお釈迦様・日蓮聖人・七面様が望まれる忍土即楽土の為の自分の役割が果たせた時、またあの島へ行こうと、以来約二十数年そろそろ始まる兆しが見え始めています。

R仁・蜂・丗 宝光寺潮叡

コロナとお弔い

 

いつも貴重な情報を下さる方から
「週刊誌に注目すべき記事が載っていました」とのお便りを頂き、
その記事を送って頂きました。

最近コロナで日々のルーチンワークが変わったので全く読んでいなかった週刊現代。
中々面白い記事が出てますので間借り読みをしておりました。

今回は自分の専門分野のこと、
コロナでここまで変わった葬式のやり方」「死後の手続き」
という特集です。

内容は、今際の際での病院と親族のやりとりに始まり、病院と葬儀社との提携話、葬儀のあり方についての三密回避、法要のあり方、参列ご辞退のお願いは出しても僧侶の数は減らすな(これなどちょっと我田引水の匂い)、死後事務手続き(これはとても大事)、この7月10日から「法務局による自筆証書遺言の預かり制度」が始まったとのこと、これも注目すべきところ。後は、名義変更や相続のお話です。

正しく判断ができるために前提は、
まず、今行われている葬儀はいつからかということです。そんなに昔からではないのです。お墓の形もそうです。
かつては土葬で、当然家で亡くなります。亡くなった肉体を丁重にお祀りしお体を清め、一方では野墓(墓場)に穴を掘り、お棺に収めて皆で行列し埋葬する。そしてその後お寺へ無事埋葬した報告を兼ねてお参りにいく。これを町内の皆で手分けして役目を担い、互いに野辺の送りをしていました。火葬の起こりは道昭和尚の弔いの時、道昭和尚とは飛鳥・奈良時代の名僧、師匠は玄奘三蔵、弟子には行基がいます。火葬はかなり貴重な弔いで、火葬が終わるころつむじ風が起きて遺骨は散逸したというのは注目すべき言い伝えです。

魂という字のヘンは雲の下半分で、死者の魂は煙とともに天にのぼるとされ、衛生面もありましたが、信仰的に行われました。お釈迦様も火葬ですから道昭和尚の思いはそこにあったのでしょう。
しかし日本では気候が違って環境的な問題よりも日本古来の信仰性を深く結び続けたのでしょう。それでも江戸期にはかなり多く火葬が増えてまいりました。特に人口密度が高いところほど。当然お墓の様子や儀式も変わります。前にも紹介した供養墓と埋葬墓のしきたりは特に都市部と地方で変わってきます。

今の葬儀やお墓は明治期に出来上がったものです。戦後という地域もあるでしょう。近代文明とともにその生活様式に合わせてできたもの。まるっきり変更したのではなく、前の時代から引き継いで残ったものとの折衷でできています。

時代関わり始める時、近代的なものに対する見極めが肝要です。

日本では信仰的行為がかなり日常生活の作法に当たり前に備わっているということ、宗教行為であるということがわからなくなるくらいまで当たり前になっている。

告別式という言葉。葬儀ではないもの。初めての告別式は中江兆民のために行われたとされます。「告別式」とは「葬儀をしない」という意味でもあります。宗教色を一切抜きにして送るために発案された言葉が告別です。お線香も薫じないという徹底ぶりでした。

今後どうなっていくのか?

要点はこのようなことでしょう。
まず、亡くなった人に対しての報恩が中心にあるということ。つまりこちら側が何をしたいかということです。自分が当事者であるときも、また、縁者が亡くなったことについても、身近な家族がお送りし恩に報いた時間を過ごせることを第一にすることです。

とやかく周りが自分の主張をしないことはとても大事です。

魂は自由です。報恩の深い思いがあればスッとどこへでも自分がいるところへ来てくれるものです。すべては自分のもとにある。(自分家で家系以外の供養をしてはいけないなどというのは、我田引水です)

長男がやるとか、ここでやるとか、こうしなければならない。というのは肝要を弁えない人の主張です。

「僧侶に来てもらわねば」というのも、自分が読経に心得がないからできる人に来てもらう。という一つの考えを持っておかれると良いでしょう。

古来より良き日本人の心得は、なんでも自分でできるようになるということです。
実は自立性に長けていたのです。おそらく今風な日本人はこの180年間に強まったのでしょう。

ぼんさんと信仰熱心なオヤジさんとの話があります。
日頃から三日に一辺は間違いなく酒を酌み交わしながら仏道を習っていました。
やがてそのオヤジさんは亡くなります。
お寺へ村内の人がぼんさんを迎えに参りますが、何度迎えに行っても、「そのうちいくから」との返事ばかり。やがて時が来てオヤジさんは埋葬されます。

引導もなくどういうことかと、村内のものが尋ねますと、ぼんさんはこう言います。

「オヤジさんとはいつもいつも仏道の話を繰り返し共有してきた、かなりの悟りを2人で気付きあって涙を流したものだ、それが何よりの引導であり仏陀の功徳。
今際の際、野辺の送りに至っては何ももうワシがすることはなかった」と。

今は空間と時間の制約がなくなった世界。親子夫婦も、日頃の繋がりを見直して、その時になって慌てたり後悔しないようにライフスタイルを調えましょう。

自分の身の丈に合わせ、背伸びしないで、精一杯研鑽に励みつつ、その自分で出した答えに誠実に生きる時です。

 

 

 

インサイドアウト 2 3

「人は死して後、どうなるのでしょうか?」

私は刑務所にご縁がありまして、頻繁に呼ばれて参ります。

中で生活されている方達にも信教の自由が保証されており、求めに応じて宗教者が呼ばれ、お話を聴いたり、供養をしたりいたします。法話を頼まれることもありますから、私は時折冒頭の言葉を投げかけて皆さんに質問をしてみるのです。岐阜の刑務所は比較的刑の重い方が多く、生涯を暮される方もあります。

 

子供の頃に死後の話をおとぎ話にして聞かされ、心根に死後に至るまでの想定が備わっている人、近代的に育った人は「死んだらおしまい」という意見を持つ人が多いです。

死後の世界を科学的に検証すること、哲学的、宗教的にお話することもできます。仏教信仰はいわば倫理性がしっかりした宗教ですから、私はさらにこんな質問を投げかけてみます。「死んだ後も自分の命には続きがあるでしょうか?それとも死んだら命はすっかり消滅し、他人の記憶の中に過去の姿が残るだけなのでしょうか?」と。

絶句する方、沢山の読書によって自説をお話しになる方、信仰する教えに説かれるままにお話しになる方と、様々です。

私は続けて「では、死んだら全てはそこで終わり、成し遂げた偉業も功徳も一緒に消えて無くなる、犯した罪も悪事も全ては死ぬまで隠し通し、逃げ切ればそれで帳消しになるという信心の人と、死後も続きがあって、生きている間に解決しなかったことに取り組め、また成し遂げた功徳を繰越し、犯した罪と向き合い続けるチャンスは続くと信じて生きている人と、どちらの人をあなたは信じますか?」と。

答えは明白です、嘘でも「私は続きがあると信じている人間」としての格好をつけていないと生きていくことは困難になります。

どうしても現代を生きる我々は事実を主体にものを考えてしまいます。どうしても理解したい。解らないものは受け容れない。解ったら信じるが、解らないから信じないというのは心の疫病です。

自分はこれを信じている、こうあるべきであるということが人として大切で、それに自分は取り組んでいる。自分のちっぽけな理解力になど振り回されない。私は仏菩薩の理解力を信じている。それが自分で自分を信じられる大安心であり、周りの他人から大事にされる秘訣です。

こんな話を、皆さんとても熱心にお聞きになります。塀の中である事を忘れるほどです。

 

日蓮大聖人も死後の旅路についてお書き残しになっています。初七日から始まる七日七日の道行き、五七日忌には閻魔様の御前へ参ります。そのそばには倶生神さまもおられます。その時どんな報告が出来るか?そんな意識で今を生きるのが信仰です。

辛うございました。足がすくみ泣けてくるほど怖いことがありました。それでもお釈迦様日蓮聖人様の教えを離さず、信仰にあきらめず、此経難事を覚悟してお題目を口ずさみ、倶生霊神符の御守りを肌身離さずに生き抜きました。そう胸を張って堂々と申し上げる。閻魔様も憐みつつも誉めてくださる。そして、あの不幸も、苦悩も、「ああよくやった」と、微笑をもって思い返し、自分でも褒め称えながら、ゆっくり休める時がくる。倶生神さまは大きくうなづかれることでしょう。そう確信して生きる。そうなるかどうか確かめようがないなどという心の疫病を治す法華経の信心、「心から世界は生まれる」という法華経の大真理に自分をなげうって今を生きる。この確信において堪忍できる。そんな透き通った信念が今こそ必要です。

「人は死して後、どうなるのでしょうか?」

私は刑務所にご縁がありまして、頻繁に呼ばれて参ります。

中で生活されている方達にも信教の自由が保証されており、求めに応じて宗教者が呼ばれ、お話を聴いたり、供養をしたりいたします。法話を頼まれることもありますから、私は時折冒頭の言葉を投げかけて皆さんに質問をしてみるのです。岐阜の刑務所は比較的刑の重い方が多く、生涯を暮される方もあります。

 

子供の頃に死後の話をおとぎ話にして聞かされ、心根に死後に至るまでの想定が備わっている人、近代的に育った人は「死んだらおしまい」という意見を持つ人が多いです。

死後の世界を科学的に検証すること、哲学的、宗教的にお話することもできます。仏教信仰はいわば倫理性がしっかりした宗教ですから、私はさらにこんな質問を投げかけてみます。「死んだ後も自分の命には続きがあるでしょうか?それとも死んだら命はすっかり消滅し、他人の記憶の中に過去の姿が残るだけなのでしょうか?」と。

絶句する方、沢山の読書によって自説をお話しになる方、信仰する教えに説かれるままにお話しになる方と、様々です。

私は続けて「では、死んだら全てはそこで終わり、成し遂げた偉業も功徳も一緒に消えて無くなる、犯した罪も悪事も全ては死ぬまで隠し通し、逃げ切ればそれで帳消しになるという信心の人と、死後も続きがあって、生きている間に解決しなかったことに取り組め、また成し遂げた功徳を繰越し、犯した罪と向き合い続けるチャンスは続くと信じて生きている人と、どちらの人をあなたは信じますか?」と。

答えは明白です、嘘でも「私は続きがあると信じている人間」としての格好をつけていないと生きていくことは困難になります。

どうしても現代を生きる我々は事実を主体にものを考えてしまいます。どうしても理解したい。解らないものは受け容れない。解ったら信じるが、解らないから信じないというのは心の疫病です。

自分はこれを信じている、こうあるべきであるということが人として大切で、それに自分は取り組んでいる。自分のちっぽけな理解力になど振り回されない。私は仏菩薩の理解力を信じている。それが自分で自分を信じられる大安心であり、周りの他人から大事にされる秘訣です。

こんな話を、皆さんとても熱心にお聞きになります。塀の中である事を忘れるほどです。

 

死んで後、ご本仏様、梵天帝釈四大天王、閻魔様の見前に参るその時、どんな報告が出来るか?、その傍らには倶生神さまもおられる。そういう未来を二重映しに見ながら今を生きるのが信仰です。

辛うございました。足がすくみ泣けてくるほど怖いことがありました。それでもお釈迦様日蓮聖人様の教えを離さず、信仰にあきらめず、此経難事を覚悟してお題目を口ずさみ、倶生霊神符の御守りを肌身離さずに生き抜きました。そう胸を張って堂々と申し上げる。閻魔様も憐みつつも誉めてくださる。そして、あの不幸も、苦悩も、「ああよくやった」と、微笑をもって思い返し、自分でも褒め称えながら、ゆっくり休める時がくる。倶生神さまは大きくうなづかれることでしょう。そう確信して生きる。そうなるかどうか確かめようがないなどという心の疫病を治す法華経の信心、「心から世界は生まれる」という法華経の大真理に自分をなげうって今を生きる。この確信において堪忍できる。そんな透き通った信念が今こそ必要です。

インサイドアウト 1

ある業界紙からの依頼を受けて書いた原稿が検閲で三つの話題の繋がりがわかりにくという理由で書き換え要請がきた原稿、ここにお蔵入りが脇から出てきたというよくある心理現象インサイドアウトします。ほんと繋がりわからん。そうかな?などいろんなアンラーニングにご活用ください。

 

揺らぐ木草、流るる水は仏様

今年初めから始まった騒動、原因へ遡ってみれば、貧困格差に辿り着きます。風が吹けば桶屋が儲かるような話ですが、確かにそうなのです。世界最古の文学作品といわれる「ギルガメッシュ」の物語に基盤を置く現代社会では、自然界を忌み嫌うものと捉え、人間が退治または整備しなければならないものという前提があります。一方日本的社会基盤は「もののけ姫」や「風の谷のナウシカ」です。自然界そのものが報恩の対象であり、人間が自由に出来ないもの。すべての宗教自体、日本的でしたが、約三六〇年ほど前から動向は変わり、世界に広がりました。

ウイルスも元は自然界の奥にいて、人がじかに接する事はありませんでした。日本でいう猪や鹿や熊の獣害のように住処を脅かされ、人間社会に新たな住処を求めて来ました。

宮沢賢治さんが「世界がぜんたい幸福になれなければ、個人の幸福はありえない」と叫んだ事、深く実感された方々も少なくないでしょう。

この騒動は一方で、グローバル資本と南北貧困格差と環境破壊温暖化の問題解決の緒を与えています。世界の大気や水が劇的に綺麗になっている。個々の取り組みの総和は大きい、日蓮大聖人がご指南された世直しの法を実感いたします。

 

転我邪心の心得

日蓮大聖人は「正しい教えは神や人を養う良薬となる、しかし、良薬の名前だけ用いて、儲けを増やそうと水で薄めてかさ増ししたり、別な成分を加えれば毒薬になるように、せっかく久遠の釈尊が、良き薬草を調合して良薬を処方されるように真実を説かれたのに、それを毒薬のようにしてしまった、それによって養われた神々は守護する力を失うどころか、邪神となってしまった」と説明されています。

皆さんは、毎月倶生神さまのお守りを拝受し、身に着けて日々の安穏を得ておられます。その倶生神さまも諸天善神と同様に皆様がお唱えになる法華経によって養われています。

疫病と疫神と私の関係です。

 

抜苦の信仰

人は死して後、五七日忌には閻魔様のところへ行きます。そのそばには倶生神さまもおられます。その時どんな報告が出来るか?そんな意識で今を生きるというのが信仰です。

辛うございました。足がすくみ泣けてくるほど怖いことがありました。それでもお釈迦様日蓮聖人様の教えを離さず、信仰にあきらめず、此経難事を覚悟してお題目を口ずさみ、お自我偈を繰り返しお唱えし、すべてのものから仏様を彫り出す工夫をして一生を生き抜きました。そう胸を張って堂々と申し上げる。閻魔様も憐みつつも誉めてくださる。そして、あの不幸も、苦悩も、「ああよくやった」と、微笑をもって思い返し、自分で自分を褒め称えながら、ゆっくり休める時がくる。倶生神さまは大きくうなづかれることでしょう。そう確信して生きる。そうなるかどうか確かめようがないなどという理性的疫病はもうやめて、「心から世界は生まれる」という法華経の大真理に自分をなげうって今を生きる。この確信において堪忍できる。そんな美しい心が今こそ必要なのであろうとつくづく思うのです。

信仰はどんな絶望の淵にも咲く花を見つける目を与えてくださいます。どんな苦々しい毒の中からも薬を嗅ぎ分ける鼻を与えてくださいます。

この騒動の最中、母を亡くし死後の道を、教えを手掛かりに共に歩んだゆえの気づきを、ご紹介致しました。ありがとうございました。

木魚 0

 

最近、
お坊さんが読経時に木魚を叩くのはなぜ?
というクイズが話題になっているようです。

これ、「居眠りしない為」というのが、この話題の中での正解です。

でも、それが肉体的な眠気覚ましというと、
お釈迦様からは「30点!」と諭されます。

それでも正解ではあるのですが、もったいないことです。

仏教の譬え話として、
我々人間はある意味ずっと酒に酔って酩酊しているようなもの、
そうでなかったらお釈迦様と何も変わらない。

というお話があります。

酔いつぶれて眠っているように生きている。

だから、仏様の言葉(お経)を発声し、木魚を叩いて、
自分で自分の心の目を覚ませ!

この、目を覚ますことが
修行の大事な目的となっています。

「さとる」というのは、悟とも書きますが覚とも書くわけです。

ところでなぜ叩くのは木魚なのでしょう?

魚板や魚鼓、また鰐口(わにぐち)というものが古い仏閣には吊るしてあります。
それはかつて目覚まし時計の役目を果たしていました。

これも魚たちです。

昔の人と今の我々の違いがあります。
それは、自然界から学ぶ、
周りの身近なものは全て自分に何かを教えようとしてくれている存在だ。

という確信の中に日々生活をしているかいなかです。

魚菩薩様に向かって教えを乞うておりますと、
あることに気づきます。
「あっ片時も眠らないのだ魚菩薩は、常に目覚めている仏様のようだ」という気づき。

以来、その魚から生命力と覚悟力を頂くために、魚の形をした板木や木魚を拵えて叩き、
啓発を日々得たのです。

とっちめるためのものではなく策励です。本来の姿を自覚し反れと。

この世界は常に陰と陽、明と暗、動と静というように、二つの対極の間を行き来しながら調和が保たれています。昼は明るく夜は暗いのが良いのです。動き回ってばかりいては得るものも逃します。放出と受容、積極と消極、強い柔いそれぞれに取捨択一できない価値があります。

仏菩薩は眠りながらも目覚めているのです。

良い機会と思い、今後時折この「木魚」という名前で心の「目覚め」を共有するお話をご紹介してまいりたいと思います。

 

モノからコトへ

説法供養 5

親(主・師)孝行、したいときに親(主・師)はなし
というコトわざは、後悔のイメージが強い。

本来は、偉大な親(両親や親のような人)や主(雇用主や主人)、師匠の言葉や行為は随分後になってからその真意に気づく、という気づき。偉大であるほど時間をかけて人生に浮上してくる。
また、偉大な子(従・弟子)ほど、親(主・師)の崇高さが遠く遠く長い年月にわたり、子孫にまで被って深い気づきが継続していく。
まさに語るはカブレル、謳うはウッタエカケルが語源の通りだ。

次のこの世に生まれ変わってきたときまだ、前のこの世での自分の偉大さが語られている。
報恩の巽風が吹いている。

「親孝行、したいときに親はなし」と、自分も言えるようになったんだなぁ
と、自らの成長を自分で自分を褒めるという、アイディンティティが確立する
これが仏教でいう安心立命(アンジンリュウミョウ)の境地です。
自己承認欲求という他人に認めてもらわないと気が済まない欲求は、
自分のことをよく知っている自分から逃れようとする脇道。
そこから抜け出して透明で誠実に生き始める入門編です。

 

さて、

人類の長い長い潮流がひとところに集まり密になっている今

狩猟採集的 1万年〜3万年前まで
農耕備蓄的 1万年
工業資本的 西洋では約360年 日本では約180年
情報格差的 おおよそ60年

人類が辿ってきたそれぞれの時代の主流と産業は
断片的にその時代その時代だけのものではなく
前の時代のモノのが次の時代のコトにうまく乗り合わせ
時代を超えて生き延びている

そうして今 この人類700万年?400万年?30万年?3万年?の潮流が
近代という都市密集型能率効率最優先文化によって共存している

それぞれの時代の特徴を紐解いてゆけば
自分が何時代的であるか一目瞭然

いわば 人類史から読み解くバイオグラフィー

明らかな事は
前時代のモノは次時代のコトにうまく乗り合わせることで
時代を超えるということ
これが新時代に生き残る重要素

今 まさに次時代の扉がフルオープンになった

然るに
ここで仕損じるか仕損じないかは
モノはそのまま抱き抱え続けてもいいから
コトの方は手放すということ
これで決まる

次の時代はいかなるモノゴトが主流か?
おおよそ見え始めているが
それも現時代のコトの主流の中から生まれてくる

まさに激動の乱世

先師先哲 父母師匠がやってきた
コトに乗っかっていると共倒れる
モノを引き取りコトを自ら見出していく
そこに恩ある人を護っていく活路がある

全ては自分の思いと考え(こころ)
起きたモノは選べない
起きたコトは選ぶことができる
ただそこには心があるだけ
チャンスは心にある 心は環境にある

昔の聖者はこれを

月こそ心よ 花こそ心よ

と詠んだ

見えているものは
他人ではなく自分なのだ
自分のことは観察できても
人のことは尋ねるしかない
この自他の関係に徹底して対話する

己こそ己のよるべ 己をおいて誰によるべぞ
よく調えし己こそ まこと得難きよるべなり  ダンマパダ

この前提(前庭)を抜けたところに
大人の入り口がある

その入り口で待つしかないのか

 

 

宝光寺潮叡 拝

 

 

7月15日をむかえて

説法供養 4

7月15日は、お越しになっていたご先祖様がまたお帰りになる日です。
また、仏教では僧侶が修行を終える満行の日。4月8日から百日目です。
年に一度この時だけ修行僧は自分のさとりを語り分かち合いました。

最清浄法界より流るるところの正聞薫習
種子となるゆえに出世心を生ずる事を得

これは仏教界では有名なアサンガ・バスバンドゥ兄弟の言葉です。
兄弟で菩薩になりました。

雪山(せっせん・ヒマラヤ)の西にあたる
今インドと中国の国境で騒がしいカシミールにその修行の聖地がありました。

ヒマラヤと聞くとスキースノボ愛好家の聖地、スポーツ用品店でもありますが、
この「ヒマラヤ」という言葉は直訳すると「雪の蔵」です。
雪がヒマ、蔵はアーラヤです。人には意識の蔵があるという教えを深く追求しフィールドワークで確かめた方がこの兄弟でもあります。

仏教心理学と呼ばれていますし、西洋の高名な哲学者や分析家で有名なユングなども深く研究をしたとのことです。

最清浄法界というのは、この上ない清浄な領域、いわゆる仏界ですね。天国からまだ四つくらい次元が上です。その領域は真実で満たされているというのですが、どこにあるか?は説明が難しく、どこからいけるかであれば話は早いわけです。
人には五感があり意識がある。そして自我の領域がある、その更に奥にアーラヤ識があります。そのアーラヤ識に対して最清浄法界の声を掛けると扉が開いて、この世界に通じるというのが仏教の基本的認識です。どの教えも宗派も、ここにおいては一致しています。
もし、うちの宗派は違う!という話が出てきたら、それは仏教ではない可能性があります。
そんな話は知らん!ということはしょっちゅうあります。

冒頭の菩薩兄弟の言葉に、正薫習とあります。
これは真実の言葉を繰り返し聞いて煙に燻された「いぶりがっこ」のようにその言葉の最清浄の香がその人の心と身体に染み付いていくと出世心(菩薩の心)に満たされ、その人の生活環境が菩薩界もしくは仏界になってくる。行くのではなく、今の住処のステージが上がるわけです。

御念仏を唱える、繰り返し真言を念じるというのもこの教えからきています。
その唱える真実の言葉は切符のようなもので、行き先が決まっています。
この念仏はあそこ行き、この真言はここ行きと。
だから先に「どこ行きですか?」とお坊さんに尋ねる必要があります。
当たり前のことですよね。インドへ行くのにパリ行きのチケットを買う人はいません。

では真実の言葉とは?

これには祈願 プルヴァ・プラニダーナ、直訳で前におく、目的のことですね。
お寺や神社で受けるお札やお護りはこの作法のためにあります。
お釈迦様はさとりを開かれました。そのさとりの言葉が後に本当に出来事として起きた。
これが真実の言葉の誕生です。

仏様や菩薩さまが他の精霊と違うところです。

前に聖者が語ったことが、後に本当に起きた。
これが奇跡です。

自分が目的を立てて、それを何年もかけて成就した。
その立てた目的は真実の言葉になる。
なぜそんなに真実の言葉にこだわるのかと、
真実の言葉には生命力が宿るからです。
その言葉を声にしたものは何百何千年後であっても、
生命力を取り出すことができるのです。

日本仏教法華仏教では、
特にこのことを重き大切な修行としてきました。

つまり
先師や師匠が語ったこと、願ったもの、描いた人物が後にほんとに歴史上に出現するということです。これが最上の報恩感謝です。

師匠の受け売り、私もほとんどはこればっかりです。
それでいいと思います。受け売りが一番。
でも語るだけでは足りない。
何が足りないか?そんなに感謝していないということを自ら暴いているようなものだからです。

人というものは、深い感謝をしていたら、その方が大切にしてきたこと、その方が命をかけて伝えたこと、広めたこと、その内容を自ら深く体得し、体験したいというそこ知れぬ欲求に翻弄されます。それが人というもの。
身から滲み出る生命力を持ってこれを人に伝えたい、その言葉が真実であったことを現実に身をもって表したい。そう欲求せずにはおれないのです。

そう自分がしている事実をみて
「ああ、自分は深い感謝の念を持てているんだな」と確認する。

これも真実です。

そういう境地ではないかどうか、それは自分でよくわかります。
そういう人はスッと身を引いて、本気の深い感謝で生きている人に道と席を譲るべきです。
そういう時が今きているのだと思います。

 

 

 

まなびのひけつ

説法供養 3

 

学びには2つあります。

マナビはマネビ ナラウはナラブ
真似る 同じようにする という姿です

それを叶えるためには 向こうからこっちへ知識や情報を正確に移動させること
向こうの姿をこっちへ写す 映すことが大事ですが
これがなかなか簡単ではないのです

そもそも向こうからこっちへ情報を移動させていると思っている
実際にはそういう単純なことが起きていない
こちらにあるものがほとんど支配しています

それを日本では「うつわ」と表現してきました

うつわの学び と うつわに容れるものを収集する学び

いくら容れるものを収集してもうつわが整っていなければ
ほとんどがこぼれ落ちてしまい、また別なものになって収まってしまう

同じ話を聴いても全く違うものとして受け取っている
表面上の言葉だけをとって講師先生に
「ええ そんなこと言ってないよ」「ええ そんなふうに受け取りますの」
こういうことが起きるのは全てこのうつわに根拠があります

こういうことを いよいよ
科学者から言い出しました

仏教をはじめ 宗教の世界 思想哲学の世界ではずっと言われてきたことです
ですから今 科学と宗教と哲学は人類が抱えるこの大きな問題において一致しています

まず
情報や知識を収集する前に それを収める「思考のうつわ」
自らの内なるうつわを精度の高いものによく調える学びが必要です
精度が高いというのは物差しや秤の目盛りが正確だということです
思考のコンパスがまん丸な円を描くということです

我々は自分の思考 思想 価値観というものを検証をする必要があるのです

思考の流れをわかりやすくすれば
仮説→実証→証明 ということをしています

あらかじめ予測をする「仮説」
その予測に基づいて実験をする「実証」
その実験に基づき真相を明らかにする「証明」

こう論理立てていなくても我々は常にこの流れを瞬時に思考しています

科学者の気づきは
この仮説 実証 証明はどれも あるものに支配されている
というものです

それをパラダイムと呼び
その影響を常に受けていることを「パラダイム効果」と呼びました

一言で言うと
「立てた仮説は必ずパラダイム効果により証明される」
と言うことです
しかし その証明はこの世界の真相 目の前の現実を言い当てた証明とは言えない

いくら誠実に注意深く知識や情報を集めようともパラダイム効果によって
自分の都合のいいように聞いてしまう
つまりその情報や知識を与えてくれたオリジナル(先生)のものとは
全く違う情報や知識として取り込んでしまうということです

講師先生のせいにして自分の保身をするのは恥ずかしいことなのです
大体は「この先生嫌い」と思う先生が自分にとって大事な先生であると洞察して外れません
ほんとうの学びを成し遂げる人は皆ここが凡人と違うのです

自分のパラダイムが見るものしか見えず
自分のパラダイムが聞くものしか聞こえない
なんと!思考理性ばかりでなく情緒も五感六感までもパラダイム効果を受けているのです

これがうつわを整える学びが最も大事な理由です

講座のスタイルに二つあるとも言えます
知識や情報をどんどんこっちからあっちへと送る講座と
知識や情報を通してそれを正確に受け取るためのうつわを形成する講座

よくいう 魚を与えるか魚の獲り方を教えるか の例えのアレです

もう一つ
どんな講座であろうともうつわを育てる学び方をしている人は
いかなる学び舎であってもそこで正確な目盛りを持つうつわを得ることができます
これほんとうの菩薩 ほんとうの仏様の境地です

明治以降の近代教育というものは
知識情報をどんどん増やす教育法でした
ほとんどうつわの教育をしてこなかったのです
ですから この話自体が何のことかさっぱり理解ができない
という方が多いと思います

しかし 今起きている問題 時代の変革時期は
パラダイムを変える必要に迫られています
ですから 学びについて学ぶ 考えについて考えることが大事な時です

パラダイム効果から自分を解き放つ方法
それをお釈迦様は二千数百年後の未来の我々のために説き置かれました
それが法華経という経典となっているのです

これを共に学び得る道場を作りたい そう念願しております

法華経の中に仏様はあらゆる姿を示してあなたのそばにいる
というお話が出てきます
観音様もそうですね

パラダイム効果が解けるとヨガ行者のような修行をしなくても
父母からいただいた極々平凡な肉眼であって多くの仏を見、菩薩に触れ流ことができるのです

 

対話を提案してきた仏教

 

説法供養 2

 

昔、「お堂や仏壇から仏教が開放されるとき」
というお話を聞いたときはまさに青天の霹靂でしたが、

どうやら、そうなっていく潮流が見えてきました。

お釈迦様や各宗派の祖師にいよいよ人類が追いついてきたといったら、叱られそうですが、
それだけ直面している問題の障壁が高いほど、やはりより高い知性をもって当たらねばなりませんから、そういうことなのでしょう。

仏教を話題にする上での明白な前提としては「自分ことを知る」
仏教は自分を知るために紐解くものである。ということです。
反対を申し上げておくとわかりやすいのですが、それは、自分の思うように他者を説得したり、責め立てたりする材料、自分の身の保身に使うということをしないということです。

仏教から頂いた知性で人を責める。
自分の自己正当化の裏付けとして用いる。
自我の欲求を叶えるために習学する。

これは仏教の仏教的受け取り方ではないということが、当初からのトリセツでした。

名高る賢者や祖師がかなりいいところまで行きながら究極の悟りに気付けないで終わったという話がたくさんありますが、これもこの初動初心を欠いたためです。

でもこの話は近代社会においてチンプンカンプンなのです。
不肖私も少なからず近代教育のお世話になりましたから、これにナルホド!と膝を打つまでに時間を要しました。

お坊さんでもそうなのです。珍しくないのが現代の真相です。
ですら、事態は重大ですが、軽やかに易しく受け止めていくほかありません。

20世紀になってようやく近代社会、近代思想、近代教育の中から「これおかしいよねぇ」という声が上がり始めました。
どういうことかというと、「知性を高めれば高めるほど、理解力が増していく、認知力が増していくはずなのに? どうも実際にはみんな逆行している、なぜ?」という希望の裂け目が近代社会の中から生まれたのです。

人は 理解が深まれば深まるほど、没交渉になっていくふしぎ

離婚は当人たちにその責任はなかった!! 衝撃のスクープ!

この真相を掴むのは、かなり至難の技ですが、事実は事実です。

ところで
今年はどうやらそのふしぎな魔法から社会が脱楽し始めたと見えるのです。

この真相が分かっていたのはもう随分前、短く見積もっても50年は経っています。
しかし、分かっているというだけでは変わらないのだということもこの50年が語っています。

一言で言ってしまえば「取捨択一の思考法」が世の中の混乱の根源要因ということ。

え〜、じゃあどうやって決済するの〜。
それを身に付けるのは至難の技です。しかし事実は事実。

コロナウイルスの問題は、南北貧困格差という人と人を二つに分けて、一方にだけ価値(勝ち)を与えた。一方が勝ち取って良いと世論が認めてきた。負けてどんどん貧困が深まっていく人たちの事実にモザイクをかけて。これがウイルスが我々のそばにきてお近づきになったわけじゃないですか。

アメリカを中心に大騒動になっている問題。世界的にデモが起きていること。
パリもかなり緊迫しているようです。
これも「取捨択一の思考法」によって長年続けられてきた一方を採って一方を切り捨てるその思考法に基づく日常の何百年の積み重ねの上に起きている出来事です。

仏教ではこの「取捨択一の思考法」が何より慎まねばならない行為であると説いています。
これが世界を滅亡させる根源的要因だからと。

どんなに徳を積んで、命の力を高めて、多くの人を救済しても、この思考法である限り
「ほんとうのさいわい」はないと。

かと言って、じゃあどうする?と問われて即答できるほど容易な問題でもありません。

ですから、心ある方々とぜ新しい思考のモデルについて勉強し、見出していきたいと思っています。

そのための大きな手がかりとなるのが「対話」という出逢い方なのです。